讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

1.出会いから讃美へ

「神にたどり着くまでには、砂漠を横切っていかねばならない。砂漠を通過せずに、神のところへ行くことはできない。」
(カトリックの作家、高橋たか子さんの詩より)

カトウ:
「讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ」の再放送がいよいよ始まります!スタッフとしては是非お聞きくださいと言わなきゃいけないのだけれど、正直に言えば「信条」によって信仰の学びをするっていうと、どうしても「私の信仰」に枠をはめてしまうような、わざわざ不自由になるようなイメージがあるんですよね。

 

ナカガワ:
そう。そもそも自分たちからは遠いっていうか。それを学ばないとイエス様を信じられないのかなって軽く拒否っちゃいます。でも、今回関川先生が引用された冒頭のカトリックの作家の高橋たか子さんの言葉は中々含蓄があるような気が…。まだ、人生経験浅めだから、一応(笑)。

 

カトウ:
えっ!?ニカイア信条じゃないの?
しかも、「砂漠」?神さまのところに行くには、砂漠を通らなきゃいけないの?
やっぱり何か大変そう…。

ナカガワ:
そうかな。だって、逆に「クリスチャン人生、ずっとハッピーでーす!」みたいな話って、どこか「眉唾」っていう感じになっちゃうんですよね、個人的に。

 

カトウ:
確かに、誰でも挫折はありますもんね。考えてみれば、自分も神様と確かに出会えたのは、自分が一番苦しい時だったなぁ…。でも、それが「ニカイア信条」と何の関係があるんですかね?

 

ナカガワ:
砂漠が僕達の人生なら、水はイエス様(イメージの典拠:サマリアの女 by 福音書)。
じゃあ、ニカイア信条は井戸?

 

カトウ:
井戸???イエス様が汲み上げられるの?

 

ナカガワ:
…。
では、皆さん正解はぜひ、放送でご確認ください。(やっぱり、それかって!)

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

1 出会いから讃美へ

聴取期限4/15
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。