さあ、砕かれ、泣こう。イイススの愛に。


「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」。
(マルコによる福音書10章45節)

主はエルサレムへ向かう道で弟子たちに予告しました。
ご自身がやがてエルサレムの宗教的権威者たちに捕らえられ、ローマ人たちに引き渡され、「あざけられ」「つばをはきかけられ」「むち打たれ」「ついに殺されて」しまう。しかし三日目によみがえるだろうと。

弟子たちにはこの意味がわかりません。…

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