讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

15.われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを(1)

(古代の教会で洗礼を受ける時の言葉が…)ニカイア信条の原型になった言葉なんですね。だから信条の言葉は、元来自分の信仰を言い表し、それこそ聖霊によらなければ誰も「主」と言えないという出来事がそこで起こったということです。
で、私たちは、その言葉を用いて信仰を告白するんです。何気なく機械的にみんなが告白するから、一緒に唱和しているってことがあると思うんですが、そういうときでも背後には聖霊の働きがあるんです。

 

カトウ:
「機械的」でも大丈夫って…。
ちょっと拒否ってしまいます。

 

ナカガワ:
うーん。
確かに背後におられる聖霊様をちゃんと分かりたいよね。
機械じゃないし、僕ら。

 

カトウ:
そうだよ。分かりたいし、感じたいよ。
イエス様だって、機械的に信仰告白されても嬉しいの?
土台、それって信仰告白なの?

 


ナカガワ:
確かに。(笑)
あれっ?でも、そうなると、そもそも「聖霊様がおられるから機械的でも大丈夫」っていう話じゃないのかも。

 

カトウ:
あ、そうか!やっぱりイエス様だよ!。

 

ナカガワ:
そうだ!イエス様だね。
信じますってあれ程言っていた弟子たちの躓きを知って、なお十字架に向かわれたんだものね。

 

カトウ:
そうだよ。そして、僕たちも同じだよ。

 

ナカガワ:
聖霊がいるから「大丈夫」の意味って、
もしかしたらそのことなのかもしれないね。

聖霊が背後に居てくださる…
皆さま、ぜひ放送の中で、ご一緒にこのことを思い巡らせてみませんか?

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

15 われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを(1)

聴取期限7/22
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。