讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

16.われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを(2)

「しばらく前にパレスチナを訪れたことがあります。エルサレムに今も残る古代の城壁。主イエスの時代にまで遡ることのできる石畳。
そして、エルサレムの神殿がかつてあった場所を私は散策しながら、2000年昔の一人の人物が、現在の私にとってかけがえのない方であることの不思議さをあらためて思いました。
私たちは、ナザレ人イエスをキリストと信じることによって、この方との出会いを経験します。その出会いを通して、私たちは命を与えられています。」

 

カトウ:
いいなあ。やっぱりイスラエル行ってみたいなあ!
行かなきゃわかんないことって沢山ありそう!

 

ナカガワ:
自分はいいかなあ。危なそうだし。

 

カトウ:
えー。ちょっとガッカリ。
でも、イスラエルにも正直そこまで興味がある訳でもない僕らがなんで古代のユダヤの人を救い主だと信じているんだろうね。
不思議。

 


ナカガワ:
本当だよね。しかも、活動した期間は長くて3年くらいの十字架刑で殺された人なのに。
なんで、二千年間も信じる人が続いて来たんだろうね。実際にイエス様と会った人なんて最初のほんのひと握りの人だけだったのに。

 

カトウ:
やっぱり、そういう福音書のイエス様でしょ。心惹かれるのは。

 

ナカガワ:
そうそう。やっぱりイエス様だよね。(あれっ?いつの間にこのフレーズ…)
どの時代もどの国の人もきっとあの人間として生きられたイエス様の姿なんだよ。出会ってきたのは。

 

カトウ:
そうか!巡礼って、祈りなんだ!

 

ナカガワ:
祈りか…。祈りって本当に旅かもね。
イエス様と語り合う旅みたいな…。

イエス様は皆さんにとってどんな存在か、そんなことを思い巡らしながら今回もぜひお聞きくださいね。

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

16 われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを(2)

聴取期限7/29
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。