讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

18.よろず世に先立って、御父より生まれ

生まれるというのは、人間が誕生する、ということから何か類推される考え方ではない。それが「よろず世に先立って」という言葉によって言い表されている。だから本来は、少し矛盾するような「よろず世に先立って」という言葉と、「御父より生まれ」という言葉がニカイア信条では一つになっている。しかしここに、私たちがすぐに理性的な考えでは推し量ることのできない神ご自身の内側の父と子、そして聖霊の区別の奥義が言い表されている。

 

カトウ:
「よろず世に先立って、御父より生まれ」…正直ムズカシイです。

 

ナカガワ:
そうだね。
関川先生も、礼拝を通して讃美として告白していくものだとも言われているし…。

 

カトウ:
そもそも礼拝って何だろう?

 


ナカガワ:
えーっ?そこなの?
日曜日に教会に行って礼拝してるでしょ!毎週。

 

カトウ:
だって、「神ご自身の内側の父と子と聖霊の区別の奥義」なんていつもの礼拝じゃあんまり感じないよ!

 

ナカガワ:
そう言われると…。
毎週、聖書の言葉にふれ、お祈りをし、讃美もしているのにね…。

 

カトウ:
ん?あっ!
やっぱり十字架のイエス様だよ。

 

ナカガワ:
(またそれ?)えっ、なんで?

 

カトウ:
だって、礼拝ってイエス様でしょ、何がなくても。
しかもイエス様の十字架が私のためって感じるとき、一番近くにいてくれるって感じるよね?

 

ナカガワ:
そうか!そうだよ。その時だよね?
神様を心から礼拝して讃美しているのは!
これって灯台下暗し?

皆さまも、三位一体の神を日常のどこで体感しているのかを思い巡らしながら、「よろず世に先立って、御父より生まれ」という告白に秘められた神様の奥義に思いを馳せてみませんか?

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

18 よろず世に先立って、御父より生まれ

聴取期限8/12
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。