讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

20.造られずして生まれ、御父と同質にして

…ここで問題なのは、人間の救いというものが、イエス様の姿を真似る、あるいはそれを学ぶところで、留まってしまうことだと思います。ですからアレイオスの人たちは、その人間イエス、地上に生きたイエス様、しかも、十字架に至るまで、神様のご意思に従順に生きたイエス様のように自分もなる。そこに救済があると考えた。そこに、逆に、ニカイア信条を作っていった人々は、一番大きな問題を感じたんですね。そして、それは、聖書の証言から離れていくと考えたんです。

 

カトウ:
「十字架に至るまで、神様のご意思に従順に生きたイエス様のように自分もなる。そこに救済があると考えた」
それじゃ、駄目なの?
素晴らしい信仰のように思えるけれど…。

 

ナカガワ:
でも、ちょっと何か違和感あるかな、自分は。
教会でも「他者を愛して仕えよ」とみたいに言われるけれど、それってキリスト教だけのことじゃないよね。

 

カトウ:
確かにそうだけれど…。
でも、それじゃ、イエス様に従うって何?それって大切なことだよね?

 


ナカガワ:
ホントの「イエス様」ならね…。

 

カトウ:
えー!それって…、衝撃発言。
いいの、そんなこと言って??

 

ナカガワ:
だって、イエス様の十字架ってそういうものじゃない?
人間の努力の賜物じゃないよね?

 

カトウ:
あっ、そうか!本当にそういうものだよね。
清く正しく生きられない僕らのためにイエス様が来てくださったんだものね。

十字架は我が為なり!アーメン!

 

ナカガワ:
(うん?なぜ文語?)
(でも、本当に)アーメン!

皆さま、ニカイア信条をつくった教会の先輩たちが問題だと感じたことは何か、それを紐解くことは、現代の教会にとってもとても重要なことだと思いませんか?
ぜひ、放送を聞いて私たちが一体どこにいるのか一緒に考えてくだされば幸いです。


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

20 造られずして生まれ、御父と同質にして

聴取期限8/26
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。