讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

21.万物は主にあって成れり

私達の生きている社会は、世界のまことの支配者が誰であるかという事がますますわからなくなっているように思います。多くの人々が生活にはある意味では不自由しない、豊かな時代に生きているように見え、そして一切の束縛から解放されて自由を楽しんでいるようにも見えますが、こころの内側にある悪意や罪、人間の歪んだ想いに支配をされている事も事実だと思います。「万物は主にあって成れり」というこのニカイア信条の告白は、神の主権が私達の世界にすでに打ち立てられていることの承認に他なりません。

 

カトウ:
「万物は主にあって成れり」って神様がこの世界をおつくりになったってことですよね?

 

ナカガワ:
そうだね。

 

カトウ:
つまり神様がつくったこの世界(神様がご支配している?)なのに、人間はそれが分からずに罪に囚われているダメっ子で、ニカイア信条でその事をちゃんと認めたら、良い子になるっていうこと?

 


ナカガワ:
えっ?「ダメっ子」から「良い子」?!
それだと「良い子」になりましょうって話になっちゃうよ。

 

カトウ:
うん。だって僕らって「良い子」じゃないしね?
救われて、なお罪ある者って言われるけど、僕らこそ「矛盾の最先端」だよね

 

ナカガワ:
クリスチャンの存在自体が「矛盾の最先端」ね…。
そして、この世界も、神様がご支配くださっているのに、不条理で満ちている。

 

カトウ:
だから、「万物は主にあって成れり」って簡単には言えないような気がする。

 

ナカガワ:
そうだね。
でも、教会はずっと「それでも」告白してきたんだよね。なんでだろう?

 

カトウ:
あっ、そうか!
イエス様が、「それでも」来てくださったからだよね?

 

ナカガワ:
そうだね!
僕らじゃなくて、イエス様の十字架があるからだよね、この告白って。
本当はもっともっと大きい告白なのかも知れない。

皆さまは、どう思いますか?
ぜひ、放送をお聞きくださって一緒に思い巡らしてくだされば幸いです


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

21 万物は主にあって成れり

聴取期限9/2
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。