讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

22.主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より下り(1)

”最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、…”(1コリ15:3〜4)

宗教改革者のルターは次のように述べております。
「パウロのこの言葉を深刻な真実のことと受け取るのは最高の知識であり、まことのキリスト教的な知恵である。すなわちキリストは、我々の義や清さのためでなく、まことの莫大な多くの、いや限りなく、打ち勝ち様のない我々の罪のために、死に引き渡されたということである。」

 

カトウ:
えっへん。「最高の知識」だって!照れるなあ〜。

 

ナカガワ:
照れて、どうする!!
ルターは「我々の義や清さのためでなく」って釘刺しているよ。

 

カトウ:
えっ?だって1コリのこの箇所、ちゃんと信じているよ、心から。

 


ナカガワ:
そうじゃなくて…。
信じている事柄は
「まことの莫大な、多くの、いや限りなく、打ち勝ち様のない我らの罪」のためのイエス様の死なんだよ。

 

カトウ:
…。うーん。そうだね。
むしろ神様やイエス様に申し訳ないって思うことだよね。
胸が締め付けられるよね。でも、それだけじゃない!

 

ナカガワ:
そう。「ごめんなさい」と一緒に「ありがとうございます」って感謝が湧き上がってくるよね。
これがルターの言う「最高の知識」っていうことなんじゃないかな?

 

カトウ:
それって、やっぱりイエス様の十字架だよね。
これは僕らの知識でも、徳や善でもないよね。
神様のものだよ!

 

ナカガワ:
でも、照れてたよね?

 

カトウ:
えーと…。
はい。確かにどこかで自分のものだと錯覚していました。

 

ナカガワ:
でも、その神様の業が、神様ご自身であるイエス様が、僕らのために与えれているんだよね。

 

カトウ:
本当に不思議だよね。僕らが信じていることって。

 

ナカガワ:
しかも教会が二千年も伝えてきたことだもんね。
伝言ゲームじゃないけれど、良く今まで伝わってきたよね。この番組出て来るアレイオス論争やグノーシス主義とか色々あったのにね。

皆さまは、何を信じておられますか?
宗教改革者ルターが「最高の知識」とした事柄を放送を通してご一緒に見つめたいと思います。


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

22 主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より下り(1)

聴取期限9/9
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。