讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

24.聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり

(処女降誕について…)
人間の世界ではありえないことが書かれている。だから信じられない。逆に信じることしか出来ない。いくら証拠を積み重ねて語ったとしても、証明することはできません。ですから、私たちが受け入れるかどうか。しかし、よく考えてみると、マリア自身も、そういう姿勢で、イエス・キリストの母になった。マリアも、私はまだおとめであるということを、よく自覚していたと思いますよね。しかし、にもかかわらず、マリアは、やがて、イエス・キリストを宿すということを受け入れるわけです。そういう決断をした。そういう女性なんです。

 

カトウ:
マリアって、確かにすごいよね。まだ少女っていう歳だったはずなのに。

 

ナカガワ:
でも、関川先生は「人間の世界ではありえないことが書かれている。
だから信じられない。逆に信じることしか出来ない。」って。

 

カトウ:
普通は「信じられない→信じ(られ)ない」なのに…。
頑張って信じるのが信仰ってこと?

 


ナカガワ:
いやいや。「鰯の頭も信心から」ではないでしょ。

 

カトウ:
×信じられない→信じない
×信じられない→(努めて)信じる
じゃあ、
「信じられない&信じられる」?

 

ナカガワ:
えー!それってあり?いや、ありかも。
だってマリアは一切疑いや迷いなどない完全無敵なスーパーウーマンって聖書は言ってないものね。土台僕らも両方あるよね。

 

カトウ:
あるある。
あっ!それってやっぱりイエス様の十字架のことだよね?
イエス様がマリアから産まれたのは、十字架のためだと教会は信じているんだもの。

 

ナカガワ:
そうだね。
僕らも信じられない思いと信じる思いを両方抱えてイエス様の十字架の前に出るものね。

 

カトウ:
それが信仰っていうこと?

 

ナカガワ:
だから、マリアのこの姿に教会はずっと励まされて来たんじゃないかな。

おとめマリア。
温度差こそあれ、どの教会も尊んできたマリアの信仰の姿に、あなたは何を見出すか、ぜひ放送を聞いてご一緒に思い巡らしてみませんか?


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

24 聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり

聴取期限9/23
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。