讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

31.生ける者と死ねる者とを審くために栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない(1)

私たちは、最後の審判の日、裁きの時がいつ到来するかを知りません。宗教改革者カルヴァンは、「キリストの昇天以来、目を覚ましてキリストの再臨を待ち望む以外に、信仰者に残されたものは何もない」とすら言いました。再臨を待ち望むとは、決して受動的な姿勢につきるものではありません。むしろ、熱心さ、切迫感をもって待望することであり、信仰と服従と愛の業に励みつつ、堅固な意志を持って待つことに他なりません。

 

カトウ:
やっぱり受け身じゃだめなんだね。
主よ、早く来て下さい!!!ウォー!

 

ナカガワ:
(信仰は勢いじゃないでしょ?)
でも、本当に今すぐ来られたらって考えるとちょっとビビらない?

 

カトウ:
うーん…確かに。
もう少し信仰深くっていうか、マシになってからの方が…

 


ナカガワ:
それって、自分の信仰に目がいちゃってるように思うんだ。
自分が神の裁きに堪えうるかって。

 

カトウ:
ガーン…!
そうでした。
僕たちにはイエス様の十字架しかないのでした。
神様に誇りうるものは、何もないのでした。

 

ナカガワ:
「十字架の他になし」ですよね。
でも、何だかスッキリする。

 

カトウ:
これが、再臨を待望することなのかも?
自分が良い子かいつもビクビクすることじゃなくて、自分は自分を救えない。自分を救ってくださる方はイエス様しかないっていうのは、潔く嬉しいものだもの。
だからやっぱり、イエス様の十字架です!

 

ナカガワ:
今日皆さまはどんな風にイエス様の再臨を待望されておられますか?
放送を聞いて、一緒に思い巡らしてくだされば嬉しいです。

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

31 生ける者と死ねる者とを審くために栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない(1)

聴取期限11/11
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。