讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

44.われらは罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す(1)

古代の教父の有名な言葉に「教会の外に救いはない」という言葉があります。いかにもキリスト教の排他性を表しているように聞こえますが、決してそうではありません。むしろ洗礼を受けた者によって形成される共同体に対する主の恵みの大きさがはっきりとまた大胆に語られているのです。父と子と聖霊の名によって洗礼を授けられたものは罪の赦しが与えられ、新しいいのちに生きる何にも代えがたい喜びを経験します。そして復活の主の現実の中に生きるものとされるのです。

 

カトウ:
「教会の外に救いはない」って教会の人の方が誤解して言っちゃっている気がする。

 

ナカガワ:
確かに。何かイエス様を信じたのを自分の徳っていうか良い行いっぽくね。
キリスト教ではただ神の憐れみだって言っているのに。

 

カトウ:
うん。人間ってどうしても、そうなっちゃうよね。悲しい…。
だから、人間関係に疲れたり、苦しんで、教会を去っていってしまう方もいっぱいいる。「教会の”内”に救いはない」になっちゃってる。

 

ナカガワ:
そうだね。本当は「人間の内に救いはない」っていうことだものね。
僕らの信仰の一番のポイントって。

 

カトウ:
そうだよ!
やっぱり十字架のイエス様だ!

だって、人間が人間を救うんじゃないだよ。
神さまご自身が命かけて救ってくださるんだよ。
それが、「教会の外に救いはない」っていう言葉なんだよ。

 

ナカガワ:
そうだよね。
やっぱり、ここに帰ってくるよね。僕らって、いつも。

 

カトウ:
えー、帰ってくるでしょ。イエス様の十字架に。クリスチャンたる者!
よし、その事をいつも忘れないように頑張るぞ!

 

ナカガワ:
おいおい。「頑張る」じゃないでしょ!そこは。
この話の最初に戻っちゃうよ、それだと。

でも、大丈夫。
イエス様が僕らに何時も出会ってくださるから。

皆様は、どう思いますか?
ご一緒に放送を聴いて、思い巡らして頂けたら幸いです。


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

44 われらは罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す(1)

聴取期限2/10
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。