「老い」を主イエスから考える。

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3月で最終回を迎える「キリスト信仰としての『終活講座』」。
今回は北村善朗神父様に、そのものズバリ「老い」とはなにかというお話をお聞きしました。

「老い」は人間として当たり前のことです。そして、これが「当たり前である」ということは、老いるということは人間として生きることの一部であり、もっと言えば、これが人間であるということです。人間の定義が若くて何でも出来るということであるとすれば、それはただ単に人間の「器」だけしか見ていません。…では、イエス様は「老い」ということをどう理解しておられたのでしょうか?

神父様はその手がかりを「十字架」に見ます。
イエス様が十字架にかかられたのは壮年の頃ですから、
普通に考えると、老いとはあまり関係ないようにも思うところです。…

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今日の番組を聴く 3/7(土)

福音を生きる―信仰生活への招き(再)・幸田和生
┗ 23 愛と奉仕の喜びに生きる(2)
Kishikoのひとりじゃないから・Kishiko
┗ ある日の主の晩餐式で
杉田太一「200字説教」
┗ 主に目をそそいで、待ちます 詩篇123:1〜4
コーヒーブレイク・インタビュー
┗ 中橋スティーブン(石巻クリスチャンセンター・フィールドディレクター)
荒野の泉・主の祈り
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