讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)

51.みなさまからのご質問にお答えして(3)

リスナーの方からのご質問
「『教会の外に救いなし』といつか番組で言われたかと思うのですが、
それでは、教会に行けない人はどうするのですか?」

 

関川:
「『教会の外に救いなし』・・・この言葉、評判が良くないんですよね(苦笑)。」

 

吉崎:
「そうですよ、すっごく排他的ですよ。」

 

関川:
「『だからクリスチャンは嫌なんだ!』と言われてしまう言葉かもしれません。
でも、その時代、キリスト教徒たちは迫害の中で、イエス・キリストの信仰に自分たちの本当の命があると確信していました。
その命を守ったのが、小さな小さな教会共同体だったんです。
ですから、『お前たちはこの中に入れないから救いは無い!』という姿勢で言っているんじゃないんです。」

 

吉崎:
「でも、『教会の外に救いなし』という言葉そのものがどうしても・・・。」

 

関川:
「ははは・・・(苦笑)。」

 

吉崎:
「『あの』教会に足を運んで、『その』門を通らないといけないみたいに・・・。」

 

関川:
「いやいや、そういうことじゃないんです。『教会って、何をするところか』を考えなくちゃいけないんです。
教会は、『わたしは門である』と仰る、イエス様を宣べ伝えている群れです。
そして、それに生かされている群れなんです。」

 

吉崎:
「そうしたら、『教会が宣べ伝える、キリストの他に救いなし』とか言って欲しかったところですねぇ。」

 

関川:
「そう言ってもいいかもしれませんね。
人間の群れが何か神様の代わりが出来るということでは、全くないんです。」

 

吉崎:
「どうしても教会に行かれない人は・・・?
イエス様は、神殿に行かれない人のところに出かけてくださいましたよね?」

 

関川:
「そうです。ですから、教会が行っている礼拝も、いかにも私達が出かけていっているようですが、
そこに、天におられるイエス様がむしろ出かけてきてくださるわけなんですよね。
ですから、聖書で主イエスがしてくださったのとを同じことを、私達は礼拝の度に経験しているのだと思います。これが、恵みです。」

 


讃美に生きる―ニカイア信条に学ぶ(再)
関川泰寛(東京神学大学教授、日本基督教団大森めぐみ教会牧師)
お相手:吉崎恵子

51 みなさまからのご質問にお答えして(3)

聴取期限3/30
(約22分)


ニカイア信条(関川泰寛訳)
われらは信ず。唯一の神、全能の父、天と地、すべて見えるものと見えざるものとの創造者を。

われらは信ず。唯一の主イエス・キリストを。主は神の御(おん)独り子、よろず世に先立って、御父(みちち)より生まれ、光よりの光、真(まこと)の神よりの真(まこと)の神、造られずして生まれ、御父(みちち)と同質にして、万物は主にあって成れり。主はわれら人間のため、またわれらの救いのために天より降り、聖霊により、おとめマリアより肉体をとり、人となり、われらのためポンテオ・ピラトのもとに、十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書に従って三日目によみがえり、天に上り、御父(みちち)の右に座したまえり。生ける者と死ねる者とを審(さば)くために、栄光をもって再び来たり給う。その御国は終わることがない。

われらは信ず。主にしていのちを与える聖霊を。聖霊は、御父(みちち)と御子(みこ)より出で、御父(みちち)と御子(みこ)と共に礼拝せられ、あがめられ、預言者を通して語られる。
われらは信ず。唯一の、聖なる、公同の使徒的教会を。われらは、罪の赦しのための唯一の洗礼に同意を表す。われらは、死人のよみがえりと来たるべき世の生命(いのち)とを待ち望む。