旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第1編(2)

神に従う人の道を主は知っていてくださる。
神に逆らう者の道は滅びに至る。

“神に従う人の道は、神が心得ていてくださる道、
もう一方は、いわば自滅する道です。” by雨宮神父

***

<今日のポイント>

神に従う人と、逆らう人の“対照的な姿”「神に従う人」3/その人は流れのほとりに植えられた木。/ときが巡りくれば実を結び/葉もしおれることがない。/その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。「神に逆らう人」4/神に逆らう者はそうではない。/彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。/5/神に逆らう者は裁きに堪えず/罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。6/神に従う人の道を主は知っていてくださる。/神に逆らう者の道は滅びに至る。


ここではキアスムスという変化を表す修辞法を用い、神に従う人と逆らう人を対照的に描いています。
なぜここまで、“対照的な姿”を強調するのでしょうか?

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

2 詩編 第1編(2)

聴取期限4/24
(約22分)

担当者トマ子のつぶやき

これまで、「こんなにハッキリ、神に従う人と逆らう人の違いを描かないでほしい〜」と思ってきました。
特に、神に逆らう者は「滅びに至る」とまで言っているんです!
そんなに極端に言わないでほしいな、怖いなぁ…と。

でも、雨宮神父はこうおっしゃっいました。
「注意したいのは、神が滅ぼすとは述べていないことです。神が介入するまでもなく、主のトーラーを無視する生き方、これは自ずと滅びにつながってしまうのだ、と。」

あれ?
あの言葉は、「神に逆らったら、神があなたを滅ぼすぞ!」っていう脅し文句じゃなかったの?
むしろ、とても落ち着いて「神に逆らう生き方をするとね、こうなってしまうんですよ」と伝えてくれているんですね!

それなら、「神に従うか、神に逆らうか」こんなに対照的に描くのは、本当に大きく人生が違ってしまうからなのかもしれない!そう感じました。