旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第15編(2)

それは、完全な道を歩き、
正しいことを行う人。

“神との関わりの中で日常生活をどのように生きようとしたか
そのことを今週はみてみたいと思います。”by雨宮神父

***

<今日のポイント>

“主を中心にする生き方”詩編15編2-5節/言葉における真実/2節:心には真実の言葉があり/3節:舌には中傷をもたない人。・・・/主を中心にする生き方/4節:主の目にかなわないものは退け/主を畏れる人を尊び/行いにおける真実/悪事をしないとの誓いを守る人。/5節:金を貸しても利息を取らず・・・


詩編15編には、正しいことを行い、人を嘲らず、悪事をせず・・・と
様々な「正しさ」がずらっと並んでいます。
・・・わたしはこう正しくは生きられない、とがっかりしたり、
旧約にはこんな規範があったのかと、ぼんやりしたり。
神父様、今日はなにが一番大切なメッセージなのでしょうか?

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

16 詩編 第15編(2)

聴取期限7/31
(約23分)

担当者トマ子のつぶやき

神父様がおっしゃった
「義とは、前提となる関係に対して誠実であること」
この一言がぐさっときました。

前提である“神様との”関係に誠実であること!
主よ、わたしはそれができていないのです・・・。
今日は、教会でこんな奉仕をした、とか
今日は、一生懸命働いた、とか・・・
人や自分自身に対する誠実さが、そのまま神様への誠実さだと
ずっと勘違いしていたと、気付かされました。
神様が望んでおられることは、神と私の関係?
もう一度、神の御前に、私が立つことでしょうか。

けれど、神様はそれだけでなく
私に「罪のない、全き者」であることお望みになるなんて・・・!
もう、イエス様〜と言わずにはおれません。
私は、全き者どころか、罪人です・・・でも、イエス様の十字架によって
どうか、もう一度御前に立たせて下さい。
そう主イエス様に祈りました。