旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第27編(2)

主よ、わたしは御顔を尋ね求めます。

“この詩編では、強い信仰の告白と苦難の関係が大切です。”by雨宮神父

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<今日のポイント>

前後の同義語で語られる“中心”/詩編27編1-8節/〈前半〉/1:主はわたしの命の砦/2:わたしを苦しめるその敵こそ・・・よろめき倒れるであろう/〈中心〉5:岩の上に立たせ/6:群がる敵の上に頭を高く上げさせてくださる。/わたしは主の幕屋でいけにえをささげ、歓声をあげ・・・/〈後半〉/8:心よ、主はお前に言われる「わたしの顔を尋ね求めよ」と→神殿に上るという意味


強い信仰の告白は、
それにふさわしい安全な場所にいるからこそ!
・・・と思ってしまうのですが、
詩編27編の告白は、苦難の中で語られたといいます。
不安定な中での強い信仰・・・この詩編はなにを語っているのでしょうか。

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

22 詩編 第27編(2)

聴取期限9/11
(約23分)

担当者トマ子のつぶやき

“詩編作者は、敵の特定には興味がない”
この言葉に、「えー!」とびっくり。
そして、“敵に囲まれた時は、神に近づくチャンス”には、
「そんな!!」ともっと驚きました。

戦争や訴訟で敵に囲まれることはなくても、
周りの人や、様々な出来事、時には自分自身も、
私の「敵」と見えてしまうことがあります。
そんな時、敵のどこが悪いのかハッキリさせたい、
そして、敵をどうにかしたい(裁きたい)・・・
いつもそう思ってしまいます。

でも、詩編作者が敵に囲まれて願うことはただ1つ、
“主の御顔を仰ぐこと”。
・・・あぁ私は、この祈りに倣いたいな、と思いました。
特に感染拡大が続き、不安、焦り、疑い、怒り・・・色んな敵が内に外にいる中、
今も、揺らぐことのない主がおられる、
こんなに移ろいやすい私を待ってくださる主がおられる!
ここにもう一度帰りたいと思いました。