旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第29編(1)

栄光と力を、主に帰せよ

“ここでは、主に帰せよ、という表現が3度繰り返されます。”by雨宮神父

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<今日のポイント>

“漸増的平行法”/詩編29編1-2節◇原文/1:帰せよ、主に.../帰せよ、主に 栄光を.../2:帰せよ、主に 御名の栄光を/◯漸増的平行法/行が進むにつれ、新たな要素が加えられ、主張が強められていく手法。


“栄光を主に帰す”と聞くと、
“栄光はあなたのもの”と主を賛美するイメージがあります。
聖書や、礼拝でよく聞く言葉ですが、
そこにはどういう意味が隠されているのでしょうか。


 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

25 詩編 第29編(1)

聴取期限10/2
(約23分)

担当者トマ子のつぶやき

栄光とは良い重みのこと、
それも“財産、業績、名誉のこと”と聞き、
正直、あんまり縁がないな〜と思ってしまいました。
でも、“お金や、これまでの積み重ね”だと思うと、
それを大事だと思っています・・・と告白せざるをえません。
同時に、どういうかたちであれ、
そういう“良い重み”は、生きていくのに必要では、とも思いました。

でもそこで、
“我々が、本当に十分に生きるだけの重みはどこからくるのか?”
という神父様の問いが引っかかりました。
つい、神父様、十分に生きるためにはアレもコレも必要です・・・!
と言いたくなりましたが、
神父様は、どれだけではなく、
“どこからその重みが来るのか”と聞いておられるのですよね。

私自身か、神様か?
そして、“良い重み”って本当にはなんなのか・・・。
“何を、誰を頼りにしているのか”、と
主に聞かれている気がしました。