旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第30編(2)

平穏なときには、申しました
「わたしはとこしえに揺らぐことがない」と。

“ここから、自分の体験を語り始めています。”by雨宮神父

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<今日のポイント>

祭儀で唱える言葉ー “人間に起こる事柄 ”とは?/詩編30編6節/◇新共同訳/ひととき、お怒りになっても/命を得させることを御旨としてくださる。/泣きながら夜を過ごす人にも/喜びの歌と共に朝を迎えさせて下さる。/◇原文/一瞬 彼の怒りのなかに/命 彼の恵みのなかに/夕の中に 私の泣きが/そして朝に 叫びが


救いの体験の始め。
それは、平穏な時に発した
「私は揺らぎません」という言葉だったのだとか。
でも、突然そこから転落し・・・
神父様、このお話は他人事じゃない気がしてきました!
そこからどうなるのでしょうか。

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

28 詩編 第30編(2)

聴取期限10/23
(約23分)

担当者トマ子のつぶやき

平穏な時は「わたしは揺らがない」と過信し、
突然転落すると、すぐ恐怖に陥る・・・
これってまさに私自身の姿だな〜と共感しました。

でも、この詩編はそこからがすごいです!
主の助けをいただき、それを感謝するに留まらず、
もっと深いところを悟ったのですよね・・・。

主の怒りの内にあったのは一瞬、
本当はずっと恵みに生かされていたんだ、と気付き、
最後は、とこしえに感謝をささげますと祈っています。

この言葉にこそ、本当の救いを感じます。
主の救いって実は、心から主を悟ることにあるのでしょうか。
・・・とは思っても、“助けがあるか、ないか”
私はいつもそればかり・・・。
あぁ主よ、私にも、ただ主を求める心をお与え下さい。