旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第34編(2)

わたしは主に求め 主は答えてくださった

“この「主に求め」は「主を探し求める」という意味です。”by雨宮神父

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<今日のポイント>

わたし=“貧しい者”?/詩編34編5,7節◇直訳〈5節〉わたしは主を探し求める/そして、彼はわたしに答える/わたしの恐怖の全てから 彼はわたしを 助け出す/〈7節〉この貧しい者が呼ぶ/そして、主は聞く/彼の苦難の全てから 主は彼を 救う


苦難の時に、“主を探し求める”
この5節から今回は解き明かしをいただきます。
主を探し求める時、
苦しむ人に何が起こるのか・・・
神父様のお話をじっくり聴きたいと思います。

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

30 詩編 第34編(2)

聴取期限11/6
(約23分)

担当者トマ子のつぶやき

“ただ主に自分の願いを被せるのではなく、
神の意向がどこにあるのか探し求める・・・
そういう者に神は業を通して応えてくれます。”

思い通りにいかないことがある時、
つい“神様、どうして!”と嘆きをぶつけてしまう私に、
とても耳の痛〜い言葉でした。

でも、主の意向が、苦しみからの救いにあるのか、
苦しみに耐える力を与えることにあるのか、
見極めることは難しそうです。
でも、逆に言えば、
今の私に本当に必要なのは、
主に信頼して、新しい道を求めることか、
それとも、苦しみの意味を求めて、忍びつつ過ごすことか、
それを主に問うことかもしれません。

主に問う時、きっと私自身も主に問われるはずです。
“なぜ今、あなたは苦しんでいるのか”
そして、“何を求めているのか。”
・・・本当の求めを祈ること、それが主の私たちへの求めかも知れません。