旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第35編(2)

わたしの命を奪おうとする者は…
嘲りを受けますように。

“4節から6節は、すべて祈りの形で訳されていますが…。”by 雨宮神父

<今日のポイント>

“指示形”と“未完了形”/詩編35編4,5節/◆指示形(=祈り)/4: わたしの命を奪おうとする者は/...嘲りを受けますように。/...退きますように。/5:...主の使いに追い払われますように。/◇未完了形(=必然性)/4: わたしの命を奪おうとする者は/...嘲りを受けることになる。/...退くはずだ。/5:...主の使いに追い払われることになる。/

担当者トマ子のつぶやき

詩編35編4〜6節では、
ひたすら敵の滅びが祈られていますが
実はここに、日本語訳が隠してしまっているものがあるのだとか。
それは一体何なのでしょうか。

“詩編作者は、不安と神への信頼のはざまに立っている”
この言葉に、リアルな信仰者の姿を感じました。
でも、1段落の最後では結局、
“わたしの魂は主によって喜び踊り…”と、
救いを先取って、主を賛美しているのですよね。

…え〜、さっきの葛藤はどこへ?
しかも、先取ってということは、
救いはまだで、理由もなく敵に滅ぼされそうなまま…?

私だったら、その状況では賛美できません。
でも、この“理由もなく敵に滅ぼされそう”という言葉の後に、
賛美が続いたことが気になりました。

この苦しみの正体は何か…
色々考えた結果、“理由はない”。
これがはっきりした時、
“それなら、主は私をどうなさるか”も同時に、はっきりしたのかも?
不当に苦しめられている私を、主は救わないはずがない…
いや、必ず共にいてくださるんだ、と!

この状況、この私…それを恐れずに見つめる時、
実は、そこに主がいてくださるということでしょうか。


旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

34 詩編 第35編(2)

聴取期限12/4
(約23分)