旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第35編(3)

不法の証人が数多く立ち…

“裁判のイメージが使われています。
裁判で証拠のないことをあげつらう、それが不法の証人です。”by 雨宮神父

<今日のポイント>

“子を失うこと”とは?/35編12節◇原文/子を失うこと 私の魂に対して/意訳→/・わたしの魂を滅ぼそうとして、子供を奪いました。(新共同訳)/比喩的に捉えると・・・→/・私の魂は 見捨てられる (新改訳)/・我が魂を よるべなきものとした (協会訳)

担当者トマ子のつぶやき

不当に責められている詩編作者。
“わたしの知らないこと”と繰り返し、弁明します。
詩編作者を責める相手は、どんな人たちなのでしょうか。
そして、その相手との関係は…?

詩編作者と友人とのもつれ…
根本には何があるのだろうと思いました。

そこでもう一度詩編を読むと、
作者から、怒りではなく、強い悲しみを感じました。
作者は、かつて友人が病にかかった時、
まるで自分の罪であるかのように、共に苦しみ、神に執りなしたのですよね。
作者の心には、友人を愛したことと、
それを支えた神への信頼がはっきり残っているはずです。
そうやって心を込めた相手に、悪意で返される…
どれほど悲しかったでしょうか…。
神様から見放されたと思ったはずです。
その神への失望が、人間関係のもつれの根っこにある気がしました。

最後に神父様は、
こんな時は“神の介入を静かに待つ”とおっしゃいました。
この“静かに”ということが、引っかかりました。
きっと、心を静めるなんてできないはずだからです!
悲しみと嘆きでいっぱいで…。
このことを思い巡らしながら、次回の賛美のお話を待ちたいと思います。


旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

35 詩編 第35編(3)

聴取期限12/11
(約23分)