詩編 第37編(4)
無垢であろうと努め、
まっすぐに見ようとせよ。
“ここで、主に従って生きることの意味を説いています。”by雨宮神父
<今日のポイント>
詩編37編最後の今回、
主に従う人の人物像が示されます。
先の見えない今だからこそ、聞きたいお話です。
主は私たちにどんな道を示しておられるのでしょうか。
“完全な人”として、ヨブが出てくるとは…。
もちろん、ヨブは、“神を畏れ、悪を避けて生きていた”信仰の人。
けれど、ヨブの生涯は、
どれほどの痛みと絶望に襲われたでしょうか…。
その苦しみは、計り知ることができません。
絶望の極みを生きたヨブのような人が、
主の御目には、“完全”…?
本当に不思議です。
私の目には、苦しみばかりでも、
主の御目には、尊かったのですね。
それなら最後、ヨブが祝福されたのは、
主が、ヨブの全てを顧みてくださったからでしょうか。
…そう思うと、力をいただけます。
私も不完全な歩みをし、
時には、へたりこんでしまうからです。
もちろん、ヨブの苦しみには到底及びませんが。
その私でさえ、主は顧みてくださる…
この恵みに、頭を垂れて感謝します。
旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)
43 詩編 第37編(4)
聴取期限2/5
(約23分)