詩編 第38編(2)
わたしの主よ、わたしの願いはすべて御前にあり
嘆きもあなたには隠されていません。
“ここで、姿を消していた神が再び登場します。”by雨宮神父
<今日のポイント>
自らの罪に苦悩し、
ひたすら神に祈る、この詩編作者。
今日の箇所では、そこに敵の存在も加わってきます。
私、神、そして第三者・・・
この関係の中で、作者はどんな祈りを捧げるのでしょうか。
今日の箇所で、
どうしても気になる言葉がありました。
19節“わたしは…犯した過ちのゆえに苦悩しています。”
この一言です。
この作者は、
愛する者には避けられ、敵にも狙われ、
普通だったら、
非情な友を責めたり、敵への憎しみでいっぱいになるはず・・・。
でも、この作者は、
人ではなく、神の前に立って、
自らの過ちに苦悩しているんですよね。
この姿に、不思議と共感しました。
きっかけはなんであれ、
自らの罪悪を知らされ、その重荷に苦悩する…
それも結局は、人の前ではなく
神の前で苦悩するしかないのが人なのかも、と思ったのです。
ひとり神の前に立ち、罪を打ち明ける・・・
私は、これを“恵み”とは、思えません。
ひとりにさせられるのは、やっぱり苦しいです。
でも、ここにも、主の深い御心があるはず。
それは何なのか・・・
この作者の祈りを聴き、感じ取っていきたいと思いました。
旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)
45 詩編 第38編(2)
聴取期限2/19
(約23分)