旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第39編(2)

ああ、人は確かに立っているようでも
すべて空しいもの。

“この詩編は暗い雰囲気で覆われていると言われますが…”by雨宮神父

<今日のポイント>

“空しさ”の中身の変化/詩編39編6,12節◇原文/6節:ああ すべて空虚さ/すべての人間は 直立するものは/12節: ああ/空虚さ/すべての人間は

担当者トマ子のつぶやき

一度神へ目を向けたのに、
結局、空しさで終わってしまったとも理解される詩編39編。
けれど神父様は、
“私は違うのではないかと思います”と。
神父様、どういうことですか?

主への信仰告白の後にも
人間の空しさが繰り返されていると聞いて、
私は実は、ほっとしました。

“あなたを待ち望みます”と
主を信頼した途端、
人間存在の空しさがぱっとなくなってしまったら、
それはファンタジーじゃないかな、と思ったのです。

神父様が言った、
“人間は地に寄留する滞在者にすぎず、
いずれは姿を消さざるを得ません”
もし、この空しさがなくなったら、
私は人間じゃなくなってしまう…
それって神様じゃない?!?と。

でも、この詩編は、
人間がただ空しいだけの存在だとも
言ってはいませんでした。
“主よ、それなら何に望みをかけたらよいのでしょう”
…この主への祈りに、
私も声を合わせて聴きたいと思います。


旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

48 詩編 第39編(2)

聴取期限3/12
(約23分)