旧約聖書のこころ―詩編―(再)

旧約聖書のこころ―詩編―(再)(雨宮 慧)

旧約聖書のこころ―詩編―(再)(毎週土曜放送)
雨宮 慧(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

日本人は「詩」に対して、花鳥風月をうたいあげるもの、というイメージを持っています。
しかし「詩編」はヘブライ人にとって「祈り」になっています。
これらの「詩編」が何を意味しているのか・・・
それを一つ一つ考えてみたいと思います。

旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第6編(2)

死の国へ行けば、
だれもあなたの名を唱えず
・・・だれもあなたに感謝をささげません。

“これは、旧約聖書に強く流れている考え方を表現しています。”by雨宮神父

***

<今日のポイント>

“死後”への考え方/詩編6編6節/6節:死の国へ行けば、だれもあなたの名を唱えず→ゼーヘル:思い起こす、心に留めている、唱える/陰府に入れば だれもあなたに感謝をささげません。→ヤーダー:感謝する、罪/信仰を告白する/×死ねば、喋ることができない。/◯死ねば、喋りたくても、喋ることのできるような御業に出会うことがない。/旧約の考え方:神は死後の世界に対して何もできない。→だから、今こそ、この地上で神に出会う必要がある。


“だれもあなたの名を唱えず”というと、
死んだら、私たちは話せなくなってしまうってこと?と思ったのですが、
そうではないのだとか。
むしろ、“神様”の働きを表しているとのこと!
そこにはどんな考えが込められているのでしょうか。

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

8 詩編 第6編(2)

聴取期限6/5
(約23分)

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旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第6編(1)

主よ、憐れんでください
わたしは嘆き悲しんでいます。

“詩編6編は、どこに注目をするかによって、
特徴を3つに表すことができます。”by雨宮神父

***

<今日のポイント>

“対応関係” 詩編6編2~5節、9~11節/6:2-5主よ、怒ってわたしを責めないでください…/主よ、憐れんでください…/主よ、癒してください…/主よ、いつまでなのでしょう…/主よ、立ち帰り わたしの魂を救い出してください。…/・・・/6:9-11主はわたしの泣く声を聞き/主はわたしの嘆きを聞き/主はわたしの祈りを受け入れてくださる。/敵は皆…たちまち退いて、恥に落とされる/対応関係/①5回“主よ”⇔3回“主は”/②(主が)“立ち返る”⇔(敵が)“退く”=同じ“シューブ”:元いた場所に戻るの意味。→主が、私の元に立ち帰って下さるなら、敵も、元いた場所に戻ることになる。


詩編6編には、3つのテーマが表れているのだとか。
悔い改め、病の癒やし、そして敵からの解放
―どうして一見バラバラな祈りが、ひとつの詩編の中で祈られているのでしょうか。

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

7 詩編 第6編(1)

聴取期限5/29
(約23分)

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