何度でも、何度でも。


恵子の郵便ポスト。今回は聖書通信講座を受講されている女性のリスナーの方から
このようなお手紙が届きました。

「(放蕩息子のたとえで)ルカ15章では父親が大喜びで手厚く迎え入れてめでたし、めでたしで終わっていますが、私の意見では、この弟はしばらくは真面目に働いていたかもしれないけれども、すぐにまた財産をもらって遊びに何か別のものを求めて出ていってしまい、また身上を食いつぶして戻ってきて、と同じ繰り返しになるに違いないと思うのです。何度でも何度でも。」

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何度でも、何度でも。


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このようなお手紙が届きました。

「(放蕩息子のたとえで)ルカ15章では父親が大喜びで手厚く迎え入れてめでたし、めでたしで終わっていますが、私の意見では、この弟はしばらくは真面目に働いていたかもしれないけれども、すぐにまた財産をもらって遊びに何か別のものを求めて出ていってしまい、また身上を食いつぶして戻ってきて、と同じ繰り返しになるに違いないと思うのです。何度でも何度でも。」

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このようなお手紙が届きました。

「(放蕩息子のたとえで)ルカ15章では父親が大喜びで手厚く迎え入れてめでたし、めでたしで終わっていますが、私の意見では、この弟はしばらくは真面目に働いていたかもしれないけれども、すぐにまた財産をもらって遊びに何か別のものを求めて出ていってしまい、また身上を食いつぶして戻ってきて、と同じ繰り返しになるに違いないと思うのです。何度でも何度でも。」

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