旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第3編(1)

主よ、それでも
あなたはわたしの盾

“フランシスコ会訳ではここを、
「しかしヤーウェよ あなたこそわたしの生涯の主」と訳しました。”by雨宮神父

***

<今日のポイント>

“訳の違い”が意味すること/詩編3編4節/a, 新共同訳/b, フランシスコ会訳/a, 主よ、それでも あなたはわたしの盾/b, しかしヤーウェよ あなたこそわたしの生涯の主/原語「マーゲン」/:「盾」と訳されるが、「主(あるじ)」の意味もあると考えられている。/→単純に「盾」か、「主」を意味するのか。
・a, わたしの栄え わたしの頭を高くあげてくださる方。/・b, わたしの顔を起こして下さる 栄えある御者(おんもの)。/原語「カーボード」/:神からくる重みを表す。具体的には「富、業績、地位」。更に、重みそのものである「神」をも表す。/→神からくる「わたしの名誉」か、「神そのもの」を表すか。


「盾」が「生涯の主」、「わたしの栄え」が「栄えある御者(おんもの)」…?
え〜そんな!!全然違う言葉に聞こえます。
でも、どちらも同じ言葉から訳されているとのこと。
一体どうして、こんな訳の違いが生まれるのでしょうか?

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

5 詩編 第3編(1)

聴取期限5/15
(約22分)

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旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第2編(2)

お前はわたしの子
今日、わたしはお前を生んだ。

“詩編2編は歴史的な現実を歌っているとは思えない。
ーだとしたら、この詩編はなにを歌おうとしているのか。” by雨宮神父

***

<今日のポイント>

王がどのように捉えられているか /詩編2編7節/主の定められたところに従ってわたしは述べよう。/主はわたしに告げられた。/「お前はわたしの子/→“養子”を受け入れることを表している。/今日、わたしはお前を生んだ。/→昨日までは違っていたこと、生まれながらの神の子ではないことを表している。 /=神と王の関係は、「即位式が行われた今日初めて、関係を持つことになった」 /「法律的な養子の関係」。


イスラエルの王の認定状には、他国にはない言葉が加わっていたと言います。
お前はわたしの子 今日、わたしはお前を生んだ。”
この言葉が表すのは、神と王の関係は法律的な関係に限られており、
王は神の意志を実現する手段にすぎない、ということ。

・・・え〜?!そんなドライな見方、ありなんですか?
でも、そのことと、この“現実を歌っていない”詩編は一体どうつながるのでしょうか?

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

4 詩編 第2編(2)

聴取期限5/8
(約22分)

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旧約聖書のこころ―詩編―(再)


詩編 第2編(1)

すべての王よ、今や目覚めよ。
地を治める者よ、諭しを受けよ。

“イスラエルの王に謀反を起こした地上の王たちへの忠告が
とても強調して語られています。” by雨宮神父

***

<今日のポイント>

“詩編作者の忠告”「詩編作者」王たちの企み(A)2節・なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか
「神」自らの宣言(B)4〜6節・天を王座とする方は笑い・・・怒って、彼らに宣言される。「聖なる山シオンで/わたしは自ら、王を即位させた。」
「王とされた人物」神の言葉(B’)7、8節・主はわたしに告げられた。「お前はわたしの子/今日、わたしはお前を生んだ。」
「詩編作者」王たちへの忠告(A’)10、11節・すべての王よ、今や目覚めよ。地を治める者よ、諭しを受けよ。畏れ敬って、主に仕え/おののきつつ、喜び踊れ。


詩編2編に登場するのは、詩編作者、神、神によって王とされた人物の3人。
この3人の言葉の中で一番強調されているのは“詩編作者の王たちへの忠告”だと雨宮神父はおっしゃいます。
でも、この忠告には“大きな問題”があるのだとか…。

 

旧約聖書のこころ―詩編―(再)
雨宮 慧
(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)

3 詩編 第2編(1)

聴取期限5/1
(約22分)

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